コロナ禍に思うこと

  • 2021年9月27日
  • 2021年9月29日
  • 信仰
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田舎に住んでいていいのは自然が豊かなこと。

良く虫の死骸とかが転がっている。

ああ、こんなに大きく育ったのに死んでしまうのだなという当たり前のこと認識できる。

人間も死んでしまう時はこんな感じなのだろうと思う。

死んだ後に仰々しく葬式とかを死に化粧してするが・・

実際に死んじゃった感じは虫の死骸とそう変わらないのではないか。

いや、もう少し生々しいかもしれない。

一度庭にフクロウがグチャッとなった遺骸があって「げっ!」と思った。

チュパカブラでも現れたのか?と思った。

調べてみたら、フクロウとカラスは仲が悪いそうだ。

おそらくカラスに殺られたのだろう。

ゼロコロナ運動がゼロ死人運動へと発展して行ってしまっている感が強い。

感染者は少ないに越したことは無いけれど一定の数の死者が出るのは仕方がない。

仮にそれが自分に取って大事な人であったとしてもだ。

ワクチンの接種率が上がったら行動制限をそろそろ辞めないといけない。

行動制限を解除するとおそらく感染者数は増えていくがしょうがないと思わないといけない。

医療体制の逼迫が起こると言うけれど起こると言うけれど、随分と長い準備期間があったのに医療体制の拡充が起きていないではないか?という非難も起きてきている。

はじめの頃は医療従事者への感謝の声があったが最近少し風向きが変わってきている。

医師会の会長が政治家のパーティーに出ちゃったのはまずかったよね。

他人に自粛を促して自分はしませんというのは一番まずい。

インドでは一時期は感染者が多かったが今はかなり減ってきている。

いい意味でインド人はいい加減なのだと思う。

感染が広がるだけ広がって自然に免疫がついておさまった。

インドの統計はあまり当てにならなさそうだが40~50万人が亡くなったそうだ。

日本の人口にして考えると4~5万人

ワクチン接種率が高いからもっと少ないかもしれないし、高齢者が多いのでもっと多いかもしれないそれは分からない。

日本の死因 第1位:悪性新生物(腫瘍)の37万6392人
      第2位:心疾患(高血圧性を除く)の20万7628人
      第3位:老衰の12万1868人 
      第4位:脳血管疾患の10万6506人
      第5位:肺炎の9万5498人
      年間の自殺者が2万人ぐらいだよね。

人の命を数字で考えるなと怒られそうだが感染者が増えるたびに緊急事態宣言を出して人を止める繰り返すのはあまり現実的ではない。

怒られるのを承知でもっと言うと仮にインドの統計がいい加減で実際は10倍の死者40~50十万人になったとしてもそれが毎年続くわけではない抗体を持つので一気に翌年から下がるはずだ。悪性新生物は毎年毎年繰り返される10年間20年間のトータルの死者数は比較にならない。

先ほど医療体制の拡充が進まない事を言ったが病院経営者だってそのことが分かっているからコロナ特化型病院を作るのには二の足を踏むよね。だって翌年に患者さんが激減したら病院経営は立ち行かない。潰れた時に補償してくれる?コロナが通りすぎちゃったらみんなコロナのことは忘れてしまう。貧乏くじを引きたくないよね。これは普通の考え方だ。

リーダーが決断しないとこの自粛を何年やるの?という話になる。

10年20年続けます?

学校行事等は丸ごと無くなってしまっている。10代の人が何の思い出も無く30代になちゃっていいの?

20代の人がその血気盛んな年代を楽しまないで40代になっていいの?

若者の1年と私のような年寄の1年は価値がまるで違うからね。

51歳の私が20年自粛して、まあこれと言って面白くもない20年だったが長生き出来き71歳になった。

それは私に取って良い事かもしれないがそれに若者を付き合わせて自粛させるか?

前にも言ったが若者の死亡例は少ない。

それは間違っていると思う。

コロナが出たての頃は分けがわからずに過剰に怯えていた。

あんなのは風邪だという人もいれば人類が滅亡するという人もいた。

正直私も分からなかった

今はだいぶ分かってきたデルタ株などに感染すると風邪とは比較にならない辛い病気であるが人類が滅亡してしまうようなものではない。

コロナワクチンの接種率が〇〇%を超えたから緊急事態宣言を辞めますというタイミングを逃すとこの1~2年やって来たことを10年20年続ける可能性が出てきてしまう。

方針転換の大義名分が立つのは今だけだ。

このタイミングを逃すとみんな責任を取りたくないからずっと続けることになる。

方針転換についてはだいぶ前から堀江さんが言っていたが結果それが正解でしたね。

私は随分と遅くそう判断したがタイミングとしては今しか無いと思う。

コロナ禍に思うのは「人は必ず死ぬ」という大原則を多くの人が忘れているのではないか?

死因が何かは分からないけれど必ず人は死ぬ。

人は必ず死ぬから今を大事に生きるという事が認識されていない。

言い方を変えると必ず大勢の人間が間違った行動をするが

やりたい事をやる。

ただこういう分かりやすい言い方すると一般の平均的な人間は必ず間違った事をするのだけれど・・・

私も若い頃人生の目的はあるのか悩んだ。

「人生の目的」と題した五木寛之の書籍を買ってきて読んで冒頭に「人生に目的はない」と書いてあってがっかりした。

今はもう私もいい年齢なりに語っていいと思う。

人生に目的を持ってもいいと思う。

ただ気をつけたいのは立派なことをしようと思わない事だ。

いや、本当は立派なことをしたほうが良い。

平均者はいつも間違う。

人から褒められそうな立派な事をしたがる。

どこがいけないかというと人から褒められそうなというところがいけない。

周りの目を気にしすぎて安直な立派さを追い求めようとする。

現実問題、平均者が立派であるはずが無いのに立派な自分を装おうとしがちである。

その結果何をするかと言うと何か間違いを犯した人を非難、あるいは笑いものにして自分がさも常識人であることを喧伝しようとする。

時にその行動を褒められたりすると益々調子にのる。

そういう事では無いのだよ「やりたい事をやる」というのは

人間て自分と他人を比較することが大好き、でその時にどのような行動をするか?

自分より優れた他人を見つけた時にどのような行動をするかは大きく2つに分かれる。

①自分より優れた他人の足を引っ張る努力をする。
②こんな優れた人がいるのだ!私も出来るのではないか?と思って自分を高める努力をする。

①は辞めておいたほうがいいのだが多数派だ。自分がそういう事をしている自覚が無いのかもしれない。

その結果何をするかと言うと何か間違いを犯した人を非難、あるいは笑いものにして自分がさも常識人であることを喧伝しようとする人は典型的な①のタイプなのだよね。

渡部建さんが多目的トイレで不倫の話に過剰に反応して批判している人は自分は正しい主張をしていると勘違いしているが実のところ自分には手も届かない存在が自分の下に落ちていったのを喜んでいるだけなんだよね。

①のタイプはぱっとしない人生を歩み続ける事になる。

普段も仕事で人の足を引っ張るのに必死!仮にうまく行っても自分のレベルが上っていないから似たようなライバルが無限に登場してしまう。キリがない。

で薄々自分で自分の脳力のなさに気がついてしまうから心の中は惨めな気持ちでいっぱい。

なんで俺はこんなに冴えない人間なんだって!

たまに有名人が不祥事を起こすと大喜び!

でもねお前のつまらない人生のレベルはその事で上がっていないからという事が分からない。

一時的にうさが晴れても時間が経てばまたいつもの惨めな気持ちに逆戻り。

典型的な②のタイプだなと思ったのはひろゆきさん。私も多目的トイレでそういう事をしたことあるよと。それ以上はどうでもいい感じ。

私自身については多目的トイレでしたかは覚えていないが色々な所で色々な事をしたよ。そんなに経験が多い方では無いと思うけれどそれぐらいの事はよくある事でない?以上。

なんでこれぐらいで終わるかと言うと他人事だから興味ない。

②のタイプは自分を磨くことに興味があって他人がどうしたかはさほど興味がない。

①の努力が非効率で②の努力が効率的なのは

①は自分のレベルが上がらないのでいつまで経っても似たようなライバルが出現してしまう。キリがない。永遠とスライムと戦っている感じになる。

②は努力が実り自分の力が上がると一気に何百人いや何万人を抜き去ることが出来る。自分が平均値に近ければ近い程抜き去る人数が多い。スライムを卒業して次のモンスターと戦うことになる。それは楽しい。

一応、注意書きとして②の努力をしたらすぐに力が上がると勘違いしてはいけない。一生懸命努力を重ねてもほとんどレベルが上がらない期間が相当あると覚悟をしたほうが良い。ただ地道に努力をしているとある時に突然ブレイクスルーしてレベルアップするのだよね。

①か②の選択を人生で1回だけするのならその人生はあまり変わらないかもしれないがそうじゃない。何十年の間に何度も何度もすることになる。

そうすると①の選択をし続けた人間と②の選択をし続けた人間にとてつもない差が生じる。

私は②の選択をし続けてきた自信がある。変な妬みとかは持たないでむしろ自分より上の人を見つけると近づいて行って教えてもらったり、教えてもらえない時はよく観察してどうなったら近づけるか?考えた。

50歳も過ぎてから自分で言うのもなんだが雰囲気に自信がにじみ出るようになったと思う。

だって私は正攻法でやっているもの,これでうまく行かなかったらしょうがないじゃんという開き直りが出来た。

もちろんその事でずっと正しいことをやり続けられるというわけではない。

色々とやらかすだろう、いや、積極的にやらかして行きたい。

やっちまったときには、ゲラゲラ笑いながらやっちまった~~!と言っていたい。

朝令暮改を気にしない。

変なカッコを付けない。

むしろかっこ悪いぐらいを目指す。

そんな感じになった。

たまに①のタイプで自信がある人もいるがなんとも言えないいや~~~な雰囲気を醸し出す。

好かれないよ。

少しでもスキを見せようなら何をしてくるか分からない。

近寄りたくないよね。そんなオーラが出てしまっている。

他人に見せる姿は兎に角自分の一番カッコイイ姿。

人の足を引っ張るだけで実力が付いてないのだものその一番カッコイイ姿

傍から見たらダサっみたいな感じ。

50歳も超えたら軌道修正は効かないかもしれないが若ければ選べる。

①と②のどちらかを選ぶのはあなたの自由だ。

私のオススメは②である。

その上でやりたい事をやる。

それで何十年と過ごすと何か楽しそうだなこのオッサンみたいな仕上がりになるから!

身の回りにいっぱいいるだろネトーっとしたジジイ、そうなりたかったら①を選択すると良い。

①を選択してやりたい事をやっているといつまで経っても惨めだぞ!