https://news.yahoo.co.jp/articles/28350fe4f0a4db68b50bbfaf888b4652355a3496
ペンや剣より強し 写真は銃より強し より
ペンは剣より強し カメラは銃より強し の方がいい
なんとなく思いついた言葉を書いて推敲していなかったからね

別にユダヤ人の人を悪く言っていないからね。(むしろ良い感情を持っている方です)
こんな話をしても私にはメリットはない。
メリットがないどころかリスクがあるだけ。
この話をするのはユダヤ人の方々への親切心です。

私の感覚では日本の神様とユダヤの神様って物凄く違う。
日本の神様は便利だよ!
お願い事があれば神社やお寺が開いている時間に行って100円ぐらいのお賽銭を投げて「今年は可愛い彼女が出来ますように」とかお願いすればいい。
人間のことをどこか特定の場所で待っていてくれて誰でも会う事が出来る。
変な意味、日本では神様の方が存在として人間より下なんだ。
人間が主体なの。

対してユダヤの神様は会う事は出来ない。
神様側に用事があった時のみ誰かに話しかける。
その神様の言葉を聞いたものがその話を広めていく設定だと思う。
人間が神様に会おうと思っても出来ない。
あくまで神様主体で神様は神様の都合でしか動かない。
要するにユダヤでは神様が人間より圧倒的に上の存在なんだ。
神様が主体なの。

だから今回の話
誰かユダヤ人の中で
「パレスチナ人の一般人をいくら殺しても構わない」
と言う神様の声を聞いた人がいて
その人の話が確からしいとユダヤのラビたちが思うなら
私はその件を絶対に止めない。
外国人の私ですから
ユダヤの伝統に則っている事に
私ごときが口を挿むべきものではない。
ただ静観するしかない。
あくまで人より神が上だからだ。
しょうがない。

ユダヤ人が神に選ばれた民だと信じていることを私は否定しない。
聖書に書かれているからだ。
外国人の私がザックリ聖書を読んだ感想は
「神はユダヤ人を選んだ。神はユダヤ人が神の言う事を聞けばユダヤ人を救う」
である。
それはしょうがない神は圧倒的に上の存在である。

で今回の件だけれど
「ユダヤ人は神に選ばれた存在である」
ここに関しては私は全く否定する気がない。

でもね一番違うと思うのは
「神に選ばれたユダヤ人はパレスチナ人の一般人を殺してもいい」
と言う話なんだ。
これを認めてしまうと「ユダヤ人は何をやってもいい」という事になって
ユダヤ人がやった間違いを神様がフォローしてくれると考えている様にしか思えない。
結果、神様がユダヤ人より下の存在になってしまう。
ユダヤ人のやる事を何でも聞いてくれてしまう。
逆じゃないか?
「神はユダヤ人を選んだ。神はユダヤ人が神の言う事を聞けばユダヤ人を救う」
神様はいつでも圧倒的な上の存在で神様の都合でしか動かないのがユダヤ教の教義であるのではないかと思い
本来のユダヤ教の教えから大きく外れているのではないかと外国人の私は思う。
ただあくまで無知な外国人なので
聖書のどこかの部分に
「ユダヤ人は何をやってもいい、神が全てフォローするから」
と書いてあるのならぜひ教えて欲しい。